死に際の資産にも意味がある
お金はこの世でしか使えないものなので、死に際にたくさんお金があっても意味がないという人がいる。確かにお金をあの世に持っていくことはできない。死に際に一文無しの状態になっているのが、経済的にも合理的でもある。
しかし、いつ死ぬのかは誰にも分からない。もう死ぬと思って全財産を使い果たした後に生きていかなければならないかもしれない。また、人間は感情の生き物である。仮にいつ死ぬと分かっていても今まで築いてきた財産が限りなく0に近づいている状況を実感しながら死に臨むことが感情的に耐えうるものなのだろうか。長年あらゆる困難を乗り越えてきた人であっても難しいだろう。
そういう意味でお金というのは精神的な意味でも充足感を与えてくれるのである。また、お金があれば選択肢を増やすことができる。選択には意思が伴う。意思決定の自由があれば、希望を持つこともできる。あらゆる選択の自由を持ちつつ死に臨むことも決して悪いことではないと思う。
ひとはあらゆる点で後悔をしてしまいがちである。自分もどんな選択をしても選択しなかった方に感情が向いてしまい、後悔することがあるだろう。それでも死に際には十分に満足した心持ちでありたいと思う。自分の中の合格点さえ上回れば、100点満点を目指さなくても良い。合格点は何点なのかは人それぞれである。それが何点か把握するためには、自分と向き合う時間が少しでも多く必要なのである。